舟橋 聖一

(フナハシ・セイイチ)
舟橋 聖一(ふなはし せいいち、1904年(明治37年)12月25日 - 1976年(昭和51年)1月13日)は、日本の小説家。東京生れ。旧制水戸高等学校を経て東京帝国大学文学部卒。弟は脚本家の舟橋和郎。 大学在学中に『朱門』の同人になり、また四代目河原崎長十郎や村山知義らと共に劇団「心座」の旗揚げに尽力する。1926年(大正15年)10月、『新潮』に戯曲『白い腕』を発表し文壇入りする。その後、明治大学教授として教鞭をとるかたわら、雑誌『行動』に参加して『ダイヴィング』を発表、行動主義、能動精神運動の中心となり、行動的ヒューマニズムによる現実改革者としての地位を確立した。多くの戯曲を書くが、1938年(昭和13年)に『文学界』に発表した小説『木石』で認められる。 戦後は『雪夫人絵図』などの風俗小説で流行作家となった。一方で自らが中心となって作家連合の「伽羅(キアラ)の会」(きゃらのかい)を結成し、『風景』を創刊。日本文芸家協会理事に選出され、著作権問題の解決に尽力した。代表作に『悉皆屋康吉』『花の生涯』『絵島生島』『新・忠臣蔵』『ある女の遠景』『好きな女の胸飾り』『お市御寮人』などがある。 (Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)
主な受賞歴
第20回 野間文芸賞

舟橋 聖一の著書・訳書

 amazon.co.jpから人気商品順に表示しています。

花の生涯(下) (祥伝社文庫)



祥伝社 2015-11-13
なぜ、広い世界に目を向けようとしないのか? 米国総領事ハリスの嘆きは、同時に井伊直弼の嘆きでもあった。もはや世界の趨勢を止めることはできず、徒らに攘夷を叫ぶことは日本国自体を滅亡させること。幕府の頽勢

花の生涯〈下〉



講談社

花の生涯(上) (祥伝社文庫)



祥伝社 2015-11-13
三十五万石彦根藩主の子ではあるが、十四番目の末子だった井伊直弼。「政治嫌い」で、気楽な学問三昧の暮らしを望んでいた直弼だったが、一代の才子・長野主膳との親交を通して、時代を見る眼は磨いていた。しかし、

花の生涯〈上〉



講談社


舟橋 聖一の著書を検索する

舟橋 聖一の関連ニュース


舟橋 聖一のウェブ検索結果


作品一覧は自動的に取得しているため、舟橋 聖一と関連のない作品が表示される場合もありますのでご了承ください。
「舟橋 聖一」の改訂履歴 (出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』)
Text is available under GNU Free Documentation License.