黒岩 重吾

(クロイワ・ジュウゴ)
黒岩 重吾(くろいわ じゅうご、1924年2月25日 - 2003年3月7日)は日本の小説家。  来歴・人物 大阪市生まれ。父方の祖先は和歌山県新宮市の廻船問屋。旧制宇陀中学(現・奈良県立大宇陀高等学校)、同志社大学法学部卒。同志社大学在学中に学徒出陣し、北満に出征する。 敗戦による逃避行の末、1946年に朝鮮に辿り着き、内地へ帰還した。この時の体験が創作の原点になる。復学後に闇ブローカー業を行い、卒業後は日本勧業証券(現みずほ証券)に入社。 1949年に「北満病棟記」を書き、『週刊朝日』の記録文学コンクールに入選、同人誌「文学者」のグループに参加した。ドッジ政策により株相場で大失敗し、家財を売り払って株の情報屋となり、次いで「証券新報」設立に参加する。 1953年、悪食を試み、腐った肉を食べたことで小児麻痺を発病し、以後3年間入院生活を送る。 退院後は、入院中に株が暴落し、帰るべきところがなくなったために、釜ヶ崎(あいりん地区)のドヤ街に移り住み、トランプ占い、キャバレーの呼び込み、「水道産業新聞」編集長などさまざまな職業を経験する。 (Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)
主な受賞歴
第44回 直木賞 / 第14回 吉川英治文学賞

黒岩 重吾の著書・訳書

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斑鳩王の慟哭 (中公文庫)



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斑鳩王の慟哭



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文藝春秋 2012-09-20
権勢をほしいままにする蘇我入鹿をじっと窺っていたのが、中大兄皇子と中臣鎌足らの連合勢力だった。彼らは蘇我氏の専横を憎み、唐にならった中央集権国家を樹立しようと謀っていた。ついに皇位までも手に入れようと

落日の王子 蘇我入鹿(上) (文春文庫)



文藝春秋 2012-09-20
皇帝になって政治を支配したい。さらに大王となって祭祀も支配したい。その両方の権威を併せ持つ座に上ろうと、蘇我入鹿は野望を燃やし、夫を亡くして間もない、年上の皇極女帝に迫る。三十歳を過ぎたばかりで、肌は

天の川の太陽 下



中央公論新社


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