源 季遠

(ミナモトノ・スエトオ)
源 季遠(みなもと の すえとお、生没年不詳)は平安時代後期の武士・歌人。実父は源義忠の三男源忠宗。後に源重時の養子に入った。子に光季(光遠とも、豊後守)、飯富季貞がいる。 平忠盛や清盛の郎党として近侍し右兵衛尉、安芸守、信濃守を歴任した。久寿2年(1155年)、後白河天皇の時代には北面武士、二条天皇が立太子されると帯刀舎人となった。 著名な歌人ではないが、勅撰和歌集(詞花和歌集)に入選している(子の季貞は千載和歌集に入選している)。 「いかなれば氷はとくる春かぜにむすぼゝるらむ青柳の糸」(『詞花和歌集』)。 (Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)

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