島木 赤彦

(シマギ・アカヒコ)
島木 赤彦(しまき あかひこ、1876年(明治9年)12月16日 - 1926年(大正15年)3月27日)は、明治・大正時代のアララギ派歌人。本名は久保田俊彦。別号、柿乃村人。 生涯 おいたち 1876年(明治9年)12月16日、長野県諏訪郡上諏訪村角間(現諏訪市元町)に旧諏訪藩士・塚原浅茅と妻・さいの四男として生まれる。父の浅茅は諏訪藩士として漢学国学を学んだ謹厳実直な人柄で、神官の職などに就いたが、維新後は松本師範講習所に学んで教員となり、諏訪郡豊平村(現・茅野市豊平)の古田学校に勤務したので、赤彦も幼少時代をここで過ごした。生活は貧しかったが、赤彦はこの自然と両親や家族の愛情の下で伸び伸びと育った。 文芸への開花 赤彦は歌道に通じていた祖母・さよの手ほどきを受けて5歳で百人一首を暗唱、7歳にして自ら望み、平田派の国学者・松沢義章の門下生であった父に家学を受けた。 (Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)

島木 赤彦の著書・訳書

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赤彦歌集 (岩波文庫)



岩波書店

万葉集の鑑賞及び其の批評 (講談社学術文庫 245)



講談社
斎藤茂吉と並称せられたアララギ派の巨匠赤彦が、永年にわたって研究した万葉集の真価を表現しようとして、薀蓄を傾けた究極の歌論書。人麿・赤人・旅人・憶良・家持らの歌とともに東歌に及ぶ二六五首について、歌人

日本の詩歌 (6)



中央公論新社

諏訪湖畔冬の生活



2012-10-04
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